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打吹城(うつぶきじょう)


 

 

打吹山は山名氏が最初の居城、打吹城を築いた地です。

山名時氏(やまなときうじ)は、上野国(こうずけのくに)(群馬県)新田氏の一族で、足利尊氏(あしかがたかうじ)に従って活躍し、伯耆の守護となりました。時氏とその子師義(もろよし)は、倉吉平野の一角、天神川上流に位置する因伯の交通の要、倉吉に着目。城を建設して商工業者を集めました。城下には定期市が開かれるなど活況を呈したといわれています。そして、時氏、師義父子は、因幡、伯耆、隠岐、丹波、丹後、但馬、美作の守護を兼ね、領土を拡大。これに一族の他の領土を加えると、全国の6分の1を領有していることになり、「六文一殿」(ろくぶんのいちどの)と呼ばれるほどの隆盛を誇りました。しかし、室町幕府の三代将軍足利義満はこれを喜ばず、山名一族の離間をはかり、紛争が起こるよう企みました。八代将軍義政の時代には、応仁の乱が勃発。山名宗全が西軍を率いて細川氏と11年間にわたって戦ったが、乱後、山名一族は急速に衰退したといわれています。

現在の打吹山には城跡が残っています。