特集 FEATURE

八橋往来(やばせおうらい)

八橋往来は伯耆国の中心であった倉吉と八橋を結ぶ奈良時代からの街道で、伊能忠敬もこの街道を歩いて測量を行いました。

およそ200年前の道筋が今に残るこの街道は、国の夢街道モデル地区にも認定されており、風情ある街道として懐かしさをしのばせています。

白壁土蔵群観光案内所で自転車を借りて旧倉吉町水源地ポンプ室までのサイクリングもおすすめです。倉吉の古い趣を感じながら片道2km弱の小さな旅です。

INDEX

  • 八橋往来散策マップ
  • 大岳院〜旧国立第3銀行倉吉支店(白壁倶楽部)
  • 大蓮寺と弁天参道
  • 「久米郡倉吉驛」道標〜倉吉淀屋
  • 吉祥院(きっしょういん)〜越中町自治公民館
  • 鉢屋川(はちやがわ)旧小川酒造・小川家〜旧倉吉町水源地ポンプ室

八橋往来散策マップ

①大岳院

境内には、「南総里見八犬伝」のモデルとなった安房国(千葉県)館山城最後の城主、里見安房守忠義と8人の家臣が葬られてます。1605年に開創された曹洞宗の名刹。

②旧国立第3銀行倉吉支店(白壁倶楽部)

明治41年に建てられた擬洋風建築。天井の飾りや階段などの建具が建築当初のまま残されています。建物全体の保存状態も良好で、山陰地方に現存する土蔵造り銀行建築の中で最も優れたものと評価されています。
現在はレストラン「白壁倶楽部」として利用されています。
■国登録有形文化財

⑥大蓮寺と弁天参道

大蓮寺へと続く小路を弁天参道と言います。
並ぶ赤い灯籠の間を歩けば、時が止まったかのようです。

⑨「久米郡倉吉驛」道標

豊田家住宅の道向かいにあり、道程を示す一里塚、あるいは道標を建てて旅人の便宣が図られていました。この道標は、明治19年に建てられたものです。

⑩倉吉淀屋

1760(宝暦10)年建築の倉吉市に現存する最古の町家建物です。
「淀屋」の屋号をもつ牧田家は倉吉を代表する商家で、淀屋橋で有名な大阪の豪商「淀屋」と密接な関係を持っていたといわれています。 牧田家に縁のある倉吉市の大蓮寺には、代々の淀屋清兵衛の墓がまつられています。

⑪吉祥院(きっしょういん)

井伊直弼の師であった仙英禅師ゆかりのお寺です。
鳥取県倉吉市西岩倉町2189
境内自由散策可

⑫山陰民具

江戸時代の建物にて、骨董、古民具などを扱う
200年以上前に建築され、その後明治に増築された
建物が国の登録有形文化財

⑬越中町自治公民館

この周辺には江戸時代、料亭や旅館がたくさんあり商家の旦那衆の奥ざしきとして賑わったそうです。明治時代は、現公民館の場所に久米郡政所が置かれその後は小学校になりました。明治の中頃には合併され廃校になりました。

⑮鉢屋川(はちやがわ)

色とりどりの鯉が見られます。各家にゆるやかな反りをもつ石橋や川に下りる石段がつけられています。
かつて、この水は野菜の土を落としたり洗濯などにも利用されてきました。今も庭の池にも引き込まれるなどうまく循環されています。

⑯旧小川酒造・小川家

小川酒造は酒造業を営んでいた旧家。明治期に建てられた主屋は町家に特徴的な低い軒を持ち、東側半分を占める店舗部分と西側の住居部分で構成されています。店舗部分は吹き抜けを持つ土間と事務所部分の板の間からなり、その東側には大正期に増築された洋館の応接間が続いています。
■国登録有形文化財
■国登録記念物(小川氏庭園)

⑰旧倉吉町水源地ポンプ室

旧倉吉町水源地ポンプ室は、余戸谷町西端の小鴨川のほとりにあります。ポンプ室は倉吉の水源地として、昭和7年から平成2年3月まで水を汲み続けていました。一見してポンプ室とは思えないほどの洒落たデザインがなされています。倉吉で最初の上水道施設はその役目を終え、静かに時を刻み続けています。

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